話題|国内申請されたアルツハイマー型認知症の新薬について

♦アルツハイマー型認知症の新薬は10年間薬を投与したとすると、認知症の進行を3∼4年遅らせることが出来る? 

 日本の医薬品メーカーであるエーザイは令和5年1月16日、アルツハイマー病治療の新薬「レカネマブ」の国内での製造販売に向けた承認を厚生労働省に申請したと発表しました。原因とされる異常なたんぱく質の除去を狙った薬で、承認されればこのタイプでは国内初となります。

 アルツハイマー病は、脳内に「アミロイドβ(Aβ)」と「タウ蛋白」呼ばれるたんぱく質がたまることでやがて神経が失われて認知機能が落ちていく病気で、レカネマブは、脳内のAβを取り除き、症状の進行を抑えるとされます。以前の記事「認知症の薬」参照

 米の医薬品メーカー・バイオジェンと共同開発したレカネマブは、アルツハイマー病の原因とされる「アミロイドβ」の除去を狙った新しいタイプの薬で、米国で約1800人が参加した治験では、記憶力や判断力、社会活動など6項目の合計点で認知症の程度を評価する方法で比較して、薬の投与を18カ月受けた人は偽薬の人と比べて悪化の程度が27%抑えられたと発表しました。その後も薬の投与を続けた人は、偽薬の人と比べて症状の進行が約7カ月半遅かったといいます。

この効果をもっと分かりやすく言えば、初期のアルツハイマー型認知症の患者に10年間この薬を投与したとすると、認知症の進行を3∼4年遅らせることが出来るといった所でしょうか。(医薬品業界アナリスト)

 国内では現在、4種類の認知症治療薬が認められていますが、いずれも原因の除去を狙う薬ではありません。今回と同様エーザイとバイオジェンが共同開発して先に申請していた、レカネマブと同じタイプの「アデュカヌマブ」は、2021年に米国で迅速承認されましたが普及せず、日本国内では有効性の明確な判断が難しいとして承認は見送りとなっています。

 厚労省内にはレカネマブの審査には半年程度かかるとの見方があり、エーザイは年内の国内承認取得をめざしています。レカネマブは今月6日、米国で米食品医薬品局(FDA)の迅速承認を受け、「レケンビ」の商品名で今月中に発売予定。価格は年間2万6500ドル(約350万円、体重75キロの場合)に設定しました。欧州でも9日に欧州医薬品庁(EMA)に承認申請したほか、中国でも承認に向けたデータ提出を進めています。

レカネマブの対象者は、米国での迅速承認や日本での申請では、認知症の前段階である軽度認知障害(MCI)と、軽度認知症の人で、いずれもアルツハイマー病が原因とされるケースです。そして1か月に2回の点滴治療を受け、効果と副作用の確認のために定期的に脳MRIと脳PET検査を受けることを義務付けられるようです。

♦臨床試験で副作用が出現、また治療費が高額で財政圧迫を心配する声も

 この薬の治験に参加した患者が深刻な脳内出血を起こして死亡したケースも報じられましたが、エーザイは死亡した患者が注意が必要な抗凝固剤を使用していたことから「脳内出血のリスクは結論づけられていない」と指摘しています。

 一方、臨床医からは治験で得られた「症状の悪化を27%抑制」というデータについて「効果を実感できるかは難しい」という声があがっており、また、病気が治るわけではなく、進行した人は対象にならない、という消極的な意見もあります。

 FDAが示した使用上の注意文書では、薬を使う前にアミロイドPET(陽電子放射断層撮影)や脳脊髄(せきずい)液などの検査で、アミロイドβが脳内にたまっているかを調べなくてはなりません。また、臨床試験では、脳内の浮腫12.6%(偽薬1.7%)や微小出血17.3%(同9.0%)などの副作用が報告されています。ただし、浮腫や微小出血があっても症状がない人もおり、薬を使い始めて14週目までの報告が多いため、FDAは薬を使う前、10週目、14週目、28週目に脳のMRI撮影を勧めています。

 脳内のアミロイドβの蓄積を測る主流の検査・アミロイドPET検査は、アルツハイマー病の場合は公的保険の対象外で1回20万~50万円と高額で、料金は施設によるばらつきがあります。高い精度でできると日本核医学会が認証するのは、全国に約50施設といわれますが、アミロイドPET検査ができる施設は私立・公立含め推定で全国に420施設あり、国内すべての都道府県にあります。

MRI検査料金は下記のようです。

  検査内容

診療総額目安

1割負担目安

3割負担目安

MRI(非造影)

27,000~34,000円

2,700~3,400円

8,000~10,000円

MRI(造影)

34,000~57,000円

3,400~5,700円

10,000~17,000円

 エーザイは米国での発売価格を、年間2万6500ドル(約350万円)に設定しました。高価で対象者が多く、使う期間は年単位の長い薬であり、保険財政への影響も心配されています。

 国内での価格は、中央社会保険医療協議会(厚生労働相の諮問機関)で決められることになりますが、医療経済の専門家は「予測は難しいが、製造コストがかかる抗体医薬のため、年間100万円を下回ることはないだろう」とみています。

PET検査とはどういう検査なのか?

PETとは、Positron Emission Tomography(陽電子放出断層撮影)の略です。 従来のCTやMRIなどの体の構造をみる検査とは異なり、細胞の活動状況を画像でみることができ、がん、脳、心臓などの病気の診断に有効です。

                          PET/CT検査装置

                       

                       アミロイドPET検査         

                    

                正常(アミロイド陰性)        異常(アミロイド陽性)

新薬の今後の展望

 日本で今回の新薬の対象になりうる人は現在、数十万~100万人超とも推計されています。ただ、対応できるスタッフや施設の限界もあり、治療を受ける人の数は当初は限定的になるとの見方が強いようです。

 医薬品業界アナリストは、「主要評価項目と副次評価項目の両方で有意な結果を出した。これはアルツハイマー病薬では初めてのことです。さらに、注目すべきは、悪化抑制に関しての統計上の有意差が『0.00005』と低かったこと。要は、治験者が100人いたら悪化を抑えられない人が1人いるかどうかというレベルです。レカネマブの“快挙”により、アルツハイマー病治療は大きく前進するのではないかと見ている」と言っています。

 同時に、「先の治験ではレカネマブの臨床的効果を示すことに成功しましたが、別の見方をすると、レカネマブを投与した人でもアルツハイマー病が進行していたのもまた事実です。レカネマブは、C型肝炎治療薬などのように根治を目指せる薬ではないのです」とも言っています。

 この他に、アミロイドβと共にアルツハイマー型認知症の原因となっているとみられる「タウ蛋白」についてはアミロイドβとの関連など、まだ解明されていないことが多く、今後の研究が待たれます。

 臨床データの分析では、レカネマブを投与された人たちは偽薬を投与された人たちに比べ、アルツハイマー病の進行が5カ月強ほど遅らせることが出来ています。アルツハイマー薬としてのレカネマブに期待されるのは長期の有効性ですから、例えば10年間投与すれば病気の進行を3~4年遅らせることができるのであれば、患者や家族にとっても魅力的な選択肢となるでしょう。(医薬品業界アナリスト)しかし、現時点ではまだそこまでのデータがなく、今後の研究を待つことになります。

<この投稿記事には一部朝日新聞の記事と画像を使用しています>

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